ふじさんの小部屋

きまぐれにショートストーリーを載せます

桜の樹の下には死体が埋まっている」

子供の頃にそう話をしてくれたのは祖父だった。

それを聞かされた時の俺の感想は「そうなんだ、知らなかった」でも「だから、あんなに綺麗な色なんだね!」でもなく、「あ、この人は人を殺した事があるんだな」だったのを覚えている。

後々になって、祖父が教えてくれたフレーズが有名な小説の一節だった事を知ったが、俺の祖父に対する印象は変わらなかった。

自分の身近な人間が殺人者かもしれないと聞くと、恐怖を覚える人もいるかもしれないが、俺はそうではなかった。祖父は寡黙な人間で、あまり話をしてくれたわけではなかったが、それでも、優しい祖父だった。一度もそんな話はしてくれなかったが、徴兵されて戦地に赴いてたとしてもおかしくない年齢だ。人の一人や二人殺した経験は本当にあったのかもしれない。

本当のところは何もわからないが、俺にとっての祖父は、ただ「桜の樹の下に死体を埋めた事のある人間」だった。

 

瞑っていた目を開け、上を見上げる。

月明かりに照らされた桜が満開になっていた。

家から少し車を走らせ、少し山道を登り、少し横道に入ったところに桜の隠れスポットがある。10年前から、毎年、4/2になると、夜中にここを訪れ花見をするのが毎年の恒例行事になっていた。

背もたれにしていた幹に、より体重を預け、心の中で呟く。

 

お前は何も変わらなかったな。

 

機会があって、実際に埋めてはみたものの、10年経った今でもこの樹は周りと同じただの桜の樹だった。

俺の中の祖父と同じ存在になってはみたものの、俺は俺のままだった。

結局は、人を殺したぐらいでは人間は変わらないのかもしれない。

自分にも子供がいる。

いずれ、孫もできるだろう。

いつか、「桜の樹の下には死体が埋まっている」と伝える日が来るだろうか。

 

温くなった缶ビールを一気に飲み干すと、ゆっくりと立ち上がり、幹に手をやる。

お前は何も変わらなかった。

もう一度、心の中で話しかける。

右に目を移すと、別の桜の樹が花を咲かせている。

あいつは、どうだろうな。

口元が緩むのがはっきりとわかった。

10年後が楽しみだ。